【塀の中の別れ話】予想もしなかった奥さんの裏切り! 驚天動地、一通の手紙《懲役合計21年2カ月〜帯広刑務所編〜》
シャバとシャブと地獄の釜Vol.05
例のごとく、看守があの大きな風呂敷を部屋へ入れていった。仕方なく荷物をまとめ、腹立たしい気持ちで座っていると、看守が迎えに来た。
サンタクロースのように大きな袋を肩に担いで管区に向かい、取調室で待っていると、「サメ」と仇名される区長が難しい顔をして入ってきて、
「サカハラ、これを見ろ」
と、机の上に一通の手紙を投げるようにして置いた。ボクの奥さんからのものだった。
開けて読んでみると、〈ジンさん、私はこれからユキテルと二人で静かな時間を大切にしたいの。だから別れてください〉と書いてあった。
この、わずか10日の間の突然の心境の変化。いったい、奥さんに何が起こったのか。10日前に届いた手紙の文面が脳裡を横切った。そこには、早く帰ってきてねと書いてあったではないか。ボクは狐(きつね)に化かされたような思いになっていた。
あの10日前の手紙を見る限り、離婚を考えて苦悩し葛藤しているという様子は微塵もなかった。もし、離婚を考えていたのなら、あのような文面ではなかったはずだ。この10日の間にいったい彼女の心にどんな変化が起きたのだろうか。
人間が本当に大事なことを考えて決断するには、それなりに時間を要するものだ。こうも短い時間に、将来のこと、ガキのことなどを熟考して、いとも簡単に離婚を決断できるものなのだろうか。
何とも腑に落ちなかった。きっと何か秘密が隠されているのだ。
このとき、ボクの頭の中に、なぜか井上陽水の、『夢の中へ』という曲が流れてきた。
ボクは手紙を見つめたまま、フーッと溜息を吐き、よりによって、今日はオレの誕生日だぜと呟いた。
区長がそんなボクの顔を見て言った。
「尋ねて行った保護司にサカハラの女房が、お前に帰って来られては困るし、身元引き受けはできないと言ったそうだ。しかし、何日か前にはサカハラの帰りを待っているというような手紙が確か来ていたよな。ま、どっちにしても残念だが、仮釈は取り消しということだ」
予想もしなかった奥さんの突然の裏切りのドタキャンに、やっと手に掴んだ仮釈便の飛行機のチケットが突風に飛ばされて、ボクの手の中からどこかへ飛んでいってしまった。
そしてまた、クソ溜めの塀の中へ引き戻されてしまったのだ。
ボクは再び新しい工場へと配役されていった。新しい工場は洗濯工場だった。
(『ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜つづく)
【参考資料】
じんさん、大ヒット曲『異邦人』のシンガーソングライター久米小百合さんの(久保田早紀さん)の番組「本の旅」に出演いたしました。
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2020年5月27日『塀の中のワンダーランド』
全国書店にて発売!
新規連載がはじまりました!《元》ヤクザでキリスト教徒《現》建設現場の「墨出し職人」さかはらじんの《生き直し》人生録。「セーラー服と機関銃」ではありません!「塀の中の懲りない面々」ではありません!!「塀の中」滞在時間としては人生の約3分の1。ハンパなく、スケールが大きいかもしれません。
絶望もがむしゃらに突き抜けた時、見えた希望の光!
「ヤクザとキリスト〜塀の中はワンダーランド〜」です。